喪について

「喪」について

大切な方――主に、ご家族や親戚がお亡くなりになってからしばらくの間、「喪中」という考え方に悩まなければならないケースも意外と多いようです。
 いわゆる「喪に服す」という考え方を尊重したいのだけれども、その期間が明確ではなかったり、あるいは、親戚の方の不幸の場合、果たしてどのくらいの血縁関係まで「喪」を考えなければならないのかがイマイチはっきりしなかったりと、何かと難しいところが見え隠れしてしまうのが、この問題です。
しかし実際のところ、「喪」に関する考え方は、厳密な期間や血縁関係については規定されているわけではありません。もちろん宗派など、宗教上の理由から、期間や血縁関係に何らかの規定があると考える人もいるかもしれませんし、また、宗教とは無関係に、そのお宅での「決めごと」として、「喪」に関して明確に規定しているというご家庭もあるかもしれません。それに加えて、「喪」の期間の長さや血縁関係の差異は、地域性にも関係しているとする考え方もあるようです。

 

しかしそれが一般論として明確に規定されるものではなく、そしてだからこそ、「喪」に関して悩ましいあれこれが発生することになるというのもまた事実なのではないでしょうか。ということで、そんな「喪」に関するいろいろな疑問点や悩ましい問題などについて、少しずつ解決していこうではないかというテーマで今回はお話しようと思います。

 

もちろん、明確な規定がない以上、解決できない部分もあるとは思いますが、解決できる範囲でお話したいと思います。

「喪中」と「忌中」

前のところでも触れたように、よく摂り挙げられるのが、「服喪期間」についての問題です。この問題を解決する際に、「喪中」と「忌中」のちがいについて考えることが大きな意味をもちます。

 

 おそらく「喪中」ということばは比較的よく耳にすることばだと思いますが、「忌中」ということばに関しては、もちろんそのことば自体は認知しているものの、しかし実際のところその具体的な意味は、「喪中」のそれよりもさらに微妙な印象を与えます。
「喪中」に関しては、どちらかといえばその服喪期間や血縁関係についての規定があいまいであるのに対し、「忌中」のほうがはっきりしています。
「忌中」は、「死(=穢れ(けがれ))を忌むための期間」というのがその主な考え方になります。ですから仏教では、「忌中時」をはっきりと「50日間」と規定しており、その間は「仕事をせず、殺生をよしとしない。また、髪やひげを剃ること避け、神社参拝を見送らなければならない」と、かなり厳密を要する期間になっています。

 

 これに対し、「喪中」とは、「故人の死を偲ぶための期間」という定義ではありますが、それ以上のことは一切触れられていません。
 しかしこの「喪中」の考え方は、実はもうすでに奈良時代には法律の中で決められていた歴史があり、これは江戸時代にはより明確な形で規定され、重んじられてきました。現在「喪中」の考え方が尊重され、それゆえに悩ましいのも、当時の名残であると言えるかもしれません。
 おおまかな目安を言えば、「忌中」は「四十九日法要」まで、そして「喪中」は、「一周忌法要」までということになるでしょう。